分かったこと。

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数時間の仮眠後に目を覚ますと、
気だるそうにソファに腰をかけて煙草を吸いながら空を見上げていた。
「君、一度寝たら中々起きないタイプなんだね」そんなことを言われた気がする。
「嗚呼」寝起きの声で応える。
「11時まで君は寝ていなよ」
「いいんだ」そう応える。
立ち上がってシャツに袖を通し、デニムを履き転がっていたバッグを手に取りドアに手をかける、フロントの「鍵はこちらに」と書いているボックスに鍵をダンクしホテルを出た。
ホテルを出ると自然に背を向け違う道を歩いて電車に向かう。「いいんだ」と言って以来ここまで相手には一言も発しなかった。

やってしまった、これはダブルミーニング
ワンナイトにしては上出来な相手だった
心配性だから、財布の金は抜いておいた。
ポケットにはクシャクシャな万札が6枚
いや、心配性だったらワンナイトなんかしないか。ほんの少し笑けてきた、JR新宿駅近くの喫煙所でピースに火を灯す。そして1人答えは合わせをする。殆ど酔ってなかったから答え合わせする必要なんてないのに。断片的な記憶を思い出す、左手の指輪を外してバッグにしまったことを思い出し指輪をしようとおもったがそうする気にはならなかった。好きな人のことを思い出す、あいつだったら横にいても苦にはならないのにな、好きな人のことがどれほど好きなのか身に染みて分かった以外にプラスなことはなかった。付き合っている相手なんていないから間違ったことはない。けど、何か間違ったことをした気になってしまった。

「君はその人のことを強く愛してるんだよ」という言葉を反芻する。浮気じゃないのに一丁前に浮気した気になってる、実際に浮気していた頃はそんな罪悪感なんて一切抱かなかったのに。「好きになりすぎるのは考えようもんだな」ピースの火を消してそう心で呟く。

今日も空は目が痛いくらい晴れていた。

 

西端にて

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逃亡劇を止めよう。と自然に思ってから
「明後日戻ります。」と母に報告するまで時間はそうはかからなかった。タイムリミットまで私はひたすら歩き続けた、工業地帯の煙突から留まることなく排出される白煙が風に揺れる様を見つめながら私は目的もなく歩き続けた。
あとからわかったことだがその日の私の移動距離は20kmはゆうに超えていた。地元の人からしたら「そんなとこまで歩いたん?」とかなり驚かれる距離である。いや、地元の人じゃなくても驚かれるか。
"戻ること"を決めてから現実世界を思い、また胃が痛んだ。胃を痛めながらも私は三流小説の主人公のように、気がつけば海を目指していた。雲ひとつない快晴で太陽が私の肌を焼き、喉がカラッカラになりながらも県境を越え最高目標の道の駅を目指す。イヤフォンはしていなかった、大型トラックが横でビュンビュン走る、申し訳ない程度に作られたであろうあまりにも細めの歩行者通路で私は走行音と波の音をBGMに歩いた。数日で体力が復活したのかそこまで苦痛には思わなかった。

 

「目に焼き付ておきたい」

鳥肌がたち私は震えた、

デッキからの景色を見てしまったら

 

向かいの島はあまり地理感のない私にはわからなかったが、いつかの小豆島を思い出す。
デッキから防波堤に駆け寄りよじ登り
腰をかける。日差しが容赦なく降り注ぐ、
市場には人がポツポツといたが構うもんかという気持ちで風に当たっていた。

都会に疲れていたのだろうか
この地を五感を使って堪能したらほんの少し涙がでそうになった。
都会で消耗されつくされ目的もなくただ生かされたような1年で私はスッカリと五感を使うことさえも忘れていた。

 

「私は、旅が好きなんだ」

「私は、旅を愛し旅をしている自分が好きなんだ」

 

こうして、私の僅かな物理的逃亡劇は幕を閉じた。ほんの少し自分を取り戻せたと思いたい、皆、祝って欲しい、こういう形になってしまったが次へ踏み出す決心をした私のことを。

 

 

 

 

賑わう車内で私は大学時代の恩師が私にくれた言葉を思い出していた。
「レールから外れることは不幸せではない」

 

レールから外れる勇気はあるか?やれるか?

 

生唾を飲み込み、私は開いた新幹線のドアから一歩踏み出す、これで大丈夫、ただいま&おかえりほんとうの私

思えば、遠くへ来たものだ。

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「まさか、こんなに」
私は急斜面の石段を登りながら自身に絶望していた。たった1年で体力が恐ろしい程に低下していることが身にしみてわかったからだ。
御本宮までの785段、まだ一ノ坂に到達だけなのに、もう息が上がっていた。1年ぶりのこの地は相変わらず私のような国内旅行客やお遍路さんや外国人など沢山の人でごった返していた。今回は杖をかりずに石段に挑戦したことが敗因だったのかもしれないと小さな言い訳をして、イヤフォンから聞こえるアップテンポな曲で自らを鼓舞し続けた。
淡々と歩みを進め漸く辿り着いた大門の前で深呼吸をする
「これなんだよ」と自らに言い聞かせる。
思うままに歩くこと、勿論一人で。
これが私が私を愛せる大きなポイントだ。
今朝だって目覚めてこの場所のことを思い出し鈍行の旅でやってきた。
子供のころの将来の夢を聞かれ
「私の将来の夢は旅人と詩人です。」
と答えた子どもの私が失望するような生き方をしている今を恥じながらも私は木々に囲まれた道を噛みしめるように一歩一歩歩む、
「花粉症対策のCMに登場しそうなくらい花粉が飛んでそうだなぁ」なんてお気楽に考え、イヤフォンのボリュームを上げた。

「東京におる愛すべきブスは酷い花粉症だから、あいつここに来たら鼻もげると思うわ」なんて遠距離から思いを馳せ写真を撮る。
「花粉症の人の自殺スポット」なんて一文を添えてメッセージを送る、はっきり言って嫌がらせだ。

花粉攻撃にはビクともしない私だが、歩みを進めるにつれて汗がポタポタと落ちる。数時間前に東京にいる母親から「こっちは雪降ったよ!」と写真を添えたメッセージを貰ったが、東京から約700キロのこの土地は土砂降りからの晴れで気温は18度、桜馬場ではもう桜が咲いていて観光客が足を止めて写真を撮っている。
ライダースを脱いでパーカー1枚になり、道なりを曲がらず真っ直ぐ突き進む。左手を見ると、一体の古の建物とは違い近代的だが一体に溶け込む建物がある、今回この地を訪れた最大の理由「神椿」へと足を運んだ。

 

「神椿」という名前だが、簡単に言ってしまえば、資生堂パーラーである。
東京でも資生堂パーラーは行ったことないのに(身内に甘党が皆無だから資生堂パーラーへ行こう!という人がいなかったというのもある)
何故、700kmも離れたこの地で資生堂パーラーへ行く為に鈍行の旅をしたかというと、前に供述した通り、辺りに共存した建物に惹かれていたからである。この地には今回で3度足を運んだことがあるが"神椿"に行くチャンスは逃していた。


"大きな夢"を抱き叶えたことはないが、"小さな夢"は幾度となく叶えてきた私の人生でまた小さな夢が叶う!とワンマン列車で浮かれていた。


しかし、生粋のNOT甘党派な私が、限定パフェなんて頼むわけもなく、すももソーダというものを注文し窓際席に腰をかけた。
一口飲み、私が行きつけの都内某百貨店の喫茶店の苔桃ソーダと同じ…と思ったが、窓から見える風に揺れる杉の木を見てそんなことはどうでもよくなった。

物心ついてから何かしら"考える"ことが習慣化というよりも呼吸をするのと同じ感覚 になってしまった私は、その木々を見て「花粉症の人、本当にここ来たら死んじゃうな」なんてまたアホなことを考えていた。風情なんて一切ない。


10分600円で汗が止まった私はまた歩き出した、相変わらずの石段に膝が笑う。
膝が笑うとはよく言ったものだ。震えが止まらない、だがしかし、重いバッグを背負い一段一段歩き続ける。

旭社までなんとか到達した。
快適な環境で少し休んだからかパーカー1枚では肌寒かったが、また汗が吹き出すことを考え呼吸を整える。1年ぶりの訪問でここが御本宮と一瞬勘違いし、まだまだ石段が待ち受けていることに少し絶望しベンチに腰をかけたくなったが一度座ってしまったら最期だとわかっていたのでそのまま右折すると、森の中。

ターゲット層が不明な物産展が立ち上る一ノ坂付近とは違って厳粛な雰囲気が醸し出されている。深呼吸をし、また一歩一歩噛みしめるように歩みを進める。


「あ…」と思わず口から溢れた。

最後の難関である御本宮近くの石段の急斜面さ、見ただけでスタミナをいくら奪うのか分かる難関さにドッと疲れが出た。
旅行雑誌とかでよく見るあの場所といえば伝わるだろうか、確かにフォトジェニック、インスタ映え確実な石段である。だが、最後にこれかよ…と正直思う。

もう何も考えないことにした。膝が笑っているのにも関わらず私は駆け上がった。後先を考えないバカさを発揮した。そうだ、365段登ったということは365段降らなくてはならないということである。それを考えずに必死に走った。
子供の頃に好きだった野球漫画で主人公のライバルが秘密の特訓で六甲山の坂道を息継ぎなしで自転車で登るということをしていたことを思い出して「同じもんだ」と思い走る、階段苦手なのに。
1日で1番ゼイゼイしながら駆け上がると参拝待ちの小さな列や旅行会社のガイドが目に入る。
「登った…」とこのまま倒れたかった、あしたのジョーの最終回みたいに真っ白になりながら。
お賽銭箱までの木の階段が辺りの雰囲気と合わせるが如く急斜面ということに気づいてしまった為そんなバカな考えは飛んだ。
並んで祈って、6年前のお守りを返上し私は御本宮横の下界が綺麗に見える眺望スポットへ移動し下界を眺める、「奥社が秋の台風の影響で完全閉鎖していてよかったかもしれない」と罰当たりなことを少し思いながら。御本宮までの785段で死にそうな私が奥社までの1368段なんか登れるわけがない、途中で私だけの樹海になることは間違いない。
だが、1368段を登った先の眺望の美しさはどんな言葉で言い表していいかわからない程の圧巻的なモノがあるのを私は知っている。
「御本宮からの眺めもいいもんだなぁ」と
柵に寄りかかりジッと見つめる。

「あれが富士や!四国富士。雨上がって良かったなぁ。こうちゃんの日頃の行いがええからかねぇ」と隣では孫と嬉しそうに下界を眺めるおばあさんを見て微笑ましく思いながら
「私の日頃の行いもいいのかもね」とポジティブに思い賑わうスポットに背を向け、下山ルートに向かう。

 

ルンルンと歩いていると下山ルート手前の巨樹に目が入った。

何故そうしようと思ったが分からないが私は恐る恐る手を伸ばし巨樹に触れる。触れると明け方までの土砂降りのせいかほんのりと湿っていた。私は手の感触を感じながら、天を見上げると首の筋を吊りそうな程自らの想像よりも大きい巨樹だということがようやくわかった。


数秒手を触れると自然と「もう帰ろう」そう思えた。

"私の居場所は東京にある"

今回の逃亡劇で何か変われたかな…
自身に問いかけ愛すべき人々のことを考えた。


久しぶりに東京のけたたましい灯りを見たいと思った。

まんのう公園の夜明け

 

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目が覚めるとトタン屋根がけたたましく音を立てていた。

土砂降りなことは分かっていた、昨日家を出る前に天気予報をチェックした際降水確率100%だったからだ。

枕元に置いていたスマートフォンに手を伸ばし時刻を確認する、AM4時53分

眠りに落ちる前に連絡を取っていた人からのメッセージを見て22時40分には確実に眠りに落ちていたことが分かった。

逃亡生活を始め2日目にしてようやく私は数ヶ月ぶりにスッと眠りに落ちることができた。

「この土砂降りだと行動範囲が狭まれる。どうしよう」

そう思いながら枕元のタバコに手を伸ばす。

車社会の田舎町で車を持たない私の足は、いくら旅慣れしているとしても限界はある。

レンタカーを借りることを思い立ったが、ペーパードライバーで1年近く運転していないので止めといたほうがいいだろう。

さて、どうしたものかと思いながら眼を瞑る、

自然と以前のように日常生活、仕事については考えなくなったことに気づいたのはずいぶん後になってからだった。

ようやくモノを書くアイデアではなく、モノを書くという行動力が湧いたことに気がついた。

 

この場所でこのまま数ヶ月滞在するのもいいかもしれない、だがしかし、私はコンクリートジャングルでしか生きてこなかったからな…

なんて馬鹿なことを思い、確かに私は高揚感を抱いていた、窓の外では自転車が走る音が聞こえていた。

 

 


目が覚めると、太陽光が容赦なく私の顔面を直撃していた。思わず飛び起き雨戸を開けると明け方の土砂降りが嘘のように晴れていたのだった。

行動範囲が広まったことに歓びを感じササッと身支度を済まして、バックパックの中身の大半を置いて財布とMacBookをぶち込み駅まで歩く、徒歩20分くらいか

降水確率100%から目が痛いくらい晴れた青空の路で適度に汗を流す、自然とイヤフォンから流れる曲も明るいものを選びがちだ。

ゴーストタウンのような駅前商店街を駆け抜けついた先は勿論、Suicaなどどころか自動改札もない駅である、

駅員はいるが確か夜20時以降は無人駅で、

窓口にプラスチック製のザルが置かれ手書きで「切符はこちらに」だなんてメモがペッと貼られていた気がする。

信頼でなりたっている町である。

時間の選択を間違え特急電車は2時間後なので1両編成のワンマン列車に乗り込む、片道50キロの2時間旅を選択、だがしかし運賃は半分。

田舎のワンマン列車(車内アナウンスがワンマン”電車”ではなく”列車”と言っているので以降”列車”と呼ぶ)の乗客は

学ランを着た野球部でしかない背が高い体格の良い爽やかな学生

競馬新聞を熟読しブツブツ独り言を呟くおじいさん、インスタグラムあたりでキャッキャしてる若いカップル

自転車を持つフランス語を話す旅行客、全身ディーゼルの中高生

私はきっと列車で、全身黒でやけにステッカーがベタベタ貼られたPCをカタカタしてる異質な人物と認識を受けていそうだ。

 

車窓は瀬戸内海から田園風景に変わった。現地の人は「同じ風景ばかりでつまらない」と思うのだろうか

トーキョーの車窓もつまらない、同じような形をしたマンション、ビル、コンビニ、まぁもうなんでもいいや。

 

足元の暖房が私の足をジワジワと焼き、

隣のおじいさんはブツブツこの馬は…と

楽しそうに独り言を呟いている。

 

久しぶりに熱心にカタカタと文字を入力するのに疲れ再び乗客たちに目を向けると、殆どが見ている視線は同じだった、車窓である。

車窓風景は再び瀬戸内の海に戻った。

造船所だらけの瀬戸内の海を皆見ているのだった。窓際の席の人は曇った窓を指で拭いボッーと海を見ている。

 

生命体は海から生まれた。という子供のころに学んだことを思い出す。帰省本能か…人間は海に魅せられるのか…そもそも今回の旅を思い立った理由は海が見たいと思ったからだっけ…そんなことを思いながら列車は私が下車する駅に到着した。明け方の土砂降りが嘘のように晴れた海の近くの小さな駅は潮の香りがした。

 

目的地まであと3駅。

 

 

DEFECTOR.

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社会人2年目間近に私は脱落した。
会社に行けなくなってしまったのだ。

絞り出すように「辞めます。」とボスに言ったのは

通算3回

「体調崩してるからナーバスになっているだけだよ」と言わんばかりの制止で今。
元上司から「風の噂で聞いたけど…」と生存確認が来るのもしんどい、めっちゃくっちゃ。

そもそも、会社員になって"風の噂"というワードを沢山聞くようになった。「私はいいと思うけど、周りの人はどう思うかな?」と言ったご指摘に添えて。

 


不満ばかり溢れたひき肉みたいな環境を享受し続け、朝目覚めた瞬間に退勤ばかりを切望して、やりがいなどは全くなくただただ淡々と生かされているだけの毎日に私は私をより嫌いになることが加速するようになった。

「次辞めてどうするの?」そう聞かれるけど、次を考える余裕さえもないのが現状。
もう何も考えられない、何もしたくないそんな生活で心がポキっときてしまった。大好きな読書ができない大好きな音楽も聴けなくなった、身なりに気を使わなくなってしまった。

「頑張れ」と背中を押し続けてくれた人々はもう私に「頑張れ」とは言わなくなった。

もう潮時なんだろう。

そんな中、昨夜一編の詩をふと思い出した。
詩人、中原中也の詩の中で1番好きな詩が最晩年の詩である。       

『おまへはもう静かな部屋に帰るがよい。
 煥発する都会の夜々の燈火を後に、
 おまへはもう、郊外の道を辿るがよい。
そして心の呟きを、ゆつくりと聴くがよい。』

 

うつ状態から脱したく、もう一度ほんの少し自分を好きになりたくて最後の選択肢に手を出した、思い立ってから行動に移す速さは20幾ばく生きてきた中で最速である。


言い訳ばかりで全く行動に移さなかった私がアクションを起こしたことがこれから自分の心をどう導くか現状をどう捉えて行くかはまだ分からない。でもひとつわかっていることは後悔はしていないということだ。

 

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"2018年になってしまった"なのか
"2018年がやってきた"なのか。
カウントダウンをクラッカーの音と周りの歓喜の声で迎えたが、相変わらず日付感覚が曖昧なまま1人取り残されたかのような気持ちで歓喜のムードに酔いしれていた。

2017年は社会人デビューイヤーだった。
新しい場所、人、経験といったものを日々を積み重ねていたと思う。数ヶ月前より背広を着てよりもがきあがいてを繰り返す日々で、ほんの少し体力の低下に悩み、自分の今後に漠然とした不安を抱くようになった。
私生活面に於いてもそんなんだから自分の世話をすることがただでさえ上手じゃないのに蔑ろにしすぎて、寝込むことも多々。

「あんないい人手放すって見る目がないね。」と周りには言われた2017年下半期初っ端だったが「いい人だったけど、それよりもいい人と出会ってしまったことが私の運の尽きだ」と笑い飛ばした日々。

そんな自分の2017年に彩りを与えてくれたのは紛れもなく愛想のない奴だった、落ち込んでいればケツを叩いてくれ、一緒に浴びる程の酒を飲んでくれて、面倒見のいい奴だ。
恋愛感情という次元を超え、ある意味尊い存在にまで昇華してしまった愛想のない"あいつ"。
「好き」と言おうもんなら「お前があたしのこと好きじゃなかったらずっと仲良くやっていけるのに」といつも言ってくるあいつ。「彼女?」と周りに聞かれ、「いや、付き合ってません」2人でそんなやりとり何度したか数え切れない程。


「彼女じゃないんだから他見ればいいじゃん」「あの人と付き合ってないなら、私との関係を考えて見る気ない?」そんな言葉たちを排除してしまったのは確固たるナニカがあったからだと思う。
"夏までにしておこう…" "秋までにしておこう…" "年内までにしておこう…"そんな気持ちは都度都度で湧き上がったが気がつけば2018年到来。


2018年の始まりに酔いしれてる中、いつものようにグラスを傾け乾杯。「今年もよろしくお願い致します」という私の言葉に対してなんて言葉が返ってきたのか覚えてないのはほろ酔いだったからか、周りの喧騒に飲まれてだろうか。

憎たらしさに呆れ

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「仕事行きたくない」
突然俺の上に乗った女は困った顔で駄々をこねる子どものようなことを言い始めた。これがお互い裸であったら官能的なワンシーン間違いなしだが、残念ながら違う。お互い着衣のままである。年季が入っているからか沈みがちなベッドに横たわったままの身体に力を入れ上半身を起こした俺は上に乗る女を少しズラして胡座の上に女を鎮座させ抱き寄せた。「どうした?」と寝起きで微かに開いた目で伏し目がちな女の顔を覗き込む。"大丈夫?"とは言わない、見ていれば"大丈夫"ではないのは分かるから。いつも冷静な女のことだから"大丈夫"とはぐらかして「そいや、北朝鮮のミサイル問題どうなるんだろうね?会社に落ちてくれないかな」と話題転換をするとわかっていたから。何も言わないで愚図って泣きそうな顔をしたこの女がとても愛おしく感じて「大丈夫だよ」と形勢逆転させる。いつも御主人様の後ろをタッタと歩く犬ようにこの女に尻尾をバッサバッサ振っているから、この瞬間だけは俺の勝ち。そう思ったのは次の日だった。