思えば、遠くへ来たものだ。

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「まさか、こんなに」
私は急斜面の石段を登りながら自身に絶望していた。たった1年で体力が恐ろしい程に低下していることが身にしみてわかったからだ。
御本宮までの785段、まだ一ノ坂に到達だけなのに、もう息が上がっていた。1年ぶりのこの地は相変わらず私のような国内旅行客やお遍路さんや外国人など沢山の人でごった返していた。今回は杖をかりずに石段に挑戦したことが敗因だったのかもしれないと小さな言い訳をして、イヤフォンから聞こえるアップテンポな曲で自らを鼓舞し続けた。
淡々と歩みを進め漸く辿り着いた大門の前で深呼吸をする
「これなんだよ」と自らに言い聞かせる。
思うままに歩くこと、勿論一人で。
これが私が私を愛せる大きなポイントだ。
今朝だって目覚めてこの場所のことを思い出し鈍行の旅でやってきた。
子供のころの将来の夢を聞かれ
「私の将来の夢は旅人と詩人です。」
と答えた子どもの私が失望するような生き方をしている今を恥じながらも私は木々に囲まれた道を噛みしめるように一歩一歩歩む、
「花粉症対策のCMに登場しそうなくらい花粉が飛んでそうだなぁ」なんてお気楽に考え、イヤフォンのボリュームを上げた。

「東京におる愛すべきブスは酷い花粉症だから、あいつここに来たら鼻もげると思うわ」なんて遠距離から思いを馳せ写真を撮る。
「花粉症の人の自殺スポット」なんて一文を添えてメッセージを送る、はっきり言って嫌がらせだ。

花粉攻撃にはビクともしない私だが、歩みを進めるにつれて汗がポタポタと落ちる。数時間前に東京にいる母親から「こっちは雪降ったよ!」と写真を添えたメッセージを貰ったが、東京から約700キロのこの土地は土砂降りからの晴れで気温は18度、桜馬場ではもう桜が咲いていて観光客が足を止めて写真を撮っている。
ライダースを脱いでパーカー1枚になり、道なりを曲がらず真っ直ぐ突き進む。左手を見ると、一体の古の建物とは違い近代的だが一体に溶け込む建物がある、今回この地を訪れた最大の理由「神椿」へと足を運んだ。

 

「神椿」という名前だが、簡単に言ってしまえば、資生堂パーラーである。
東京でも資生堂パーラーは行ったことないのに(身内に甘党が皆無だから資生堂パーラーへ行こう!という人がいなかったというのもある)
何故、700kmも離れたこの地で資生堂パーラーへ行く為に鈍行の旅をしたかというと、前に供述した通り、辺りに共存した建物に惹かれていたからである。この地には今回で3度足を運んだことがあるが"神椿"に行くチャンスは逃していた。


"大きな夢"を抱き叶えたことはないが、"小さな夢"は幾度となく叶えてきた私の人生でまた小さな夢が叶う!とワンマン列車で浮かれていた。


しかし、生粋のNOT甘党派な私が、限定パフェなんて頼むわけもなく、すももソーダというものを注文し窓際席に腰をかけた。
一口飲み、私が行きつけの都内某百貨店の喫茶店の苔桃ソーダと同じ…と思ったが、窓から見える風に揺れる杉の木を見てそんなことはどうでもよくなった。

物心ついてから何かしら"考える"ことが習慣化というよりも呼吸をするのと同じ感覚 になってしまった私は、その木々を見て「花粉症の人、本当にここ来たら死んじゃうな」なんてまたアホなことを考えていた。風情なんて一切ない。


10分600円で汗が止まった私はまた歩き出した、相変わらずの石段に膝が笑う。
膝が笑うとはよく言ったものだ。震えが止まらない、だがしかし、重いバッグを背負い一段一段歩き続ける。

旭社までなんとか到達した。
快適な環境で少し休んだからかパーカー1枚では肌寒かったが、また汗が吹き出すことを考え呼吸を整える。1年ぶりの訪問でここが御本宮と一瞬勘違いし、まだまだ石段が待ち受けていることに少し絶望しベンチに腰をかけたくなったが一度座ってしまったら最期だとわかっていたのでそのまま右折すると、森の中。

ターゲット層が不明な物産展が立ち上る一ノ坂付近とは違って厳粛な雰囲気が醸し出されている。深呼吸をし、また一歩一歩噛みしめるように歩みを進める。


「あ…」と思わず口から溢れた。

最後の難関である御本宮近くの石段の急斜面さ、見ただけでスタミナをいくら奪うのか分かる難関さにドッと疲れが出た。
旅行雑誌とかでよく見るあの場所といえば伝わるだろうか、確かにフォトジェニック、インスタ映え確実な石段である。だが、最後にこれかよ…と正直思う。

もう何も考えないことにした。膝が笑っているのにも関わらず私は駆け上がった。後先を考えないバカさを発揮した。そうだ、365段登ったということは365段降らなくてはならないということである。それを考えずに必死に走った。
子供の頃に好きだった野球漫画で主人公のライバルが秘密の特訓で六甲山の坂道を息継ぎなしで自転車で登るということをしていたことを思い出して「同じもんだ」と思い走る、階段苦手なのに。
1日で1番ゼイゼイしながら駆け上がると参拝待ちの小さな列や旅行会社のガイドが目に入る。
「登った…」とこのまま倒れたかった、あしたのジョーの最終回みたいに真っ白になりながら。
お賽銭箱までの木の階段が辺りの雰囲気と合わせるが如く急斜面ということに気づいてしまった為そんなバカな考えは飛んだ。
並んで祈って、6年前のお守りを返上し私は御本宮横の下界が綺麗に見える眺望スポットへ移動し下界を眺める、「奥社が秋の台風の影響で完全閉鎖していてよかったかもしれない」と罰当たりなことを少し思いながら。御本宮までの785段で死にそうな私が奥社までの1368段なんか登れるわけがない、途中で私だけの樹海になることは間違いない。
だが、1368段を登った先の眺望の美しさはどんな言葉で言い表していいかわからない程の圧巻的なモノがあるのを私は知っている。
「御本宮からの眺めもいいもんだなぁ」と
柵に寄りかかりジッと見つめる。

「あれが富士や!四国富士。雨上がって良かったなぁ。こうちゃんの日頃の行いがええからかねぇ」と隣では孫と嬉しそうに下界を眺めるおばあさんを見て微笑ましく思いながら
「私の日頃の行いもいいのかもね」とポジティブに思い賑わうスポットに背を向け、下山ルートに向かう。

 

ルンルンと歩いていると下山ルート手前の巨樹に目が入った。

何故そうしようと思ったが分からないが私は恐る恐る手を伸ばし巨樹に触れる。触れると明け方までの土砂降りのせいかほんのりと湿っていた。私は手の感触を感じながら、天を見上げると首の筋を吊りそうな程自らの想像よりも大きい巨樹だということがようやくわかった。


数秒手を触れると自然と「もう帰ろう」そう思えた。

"私の居場所は東京にある"

今回の逃亡劇で何か変われたかな…
自身に問いかけ愛すべき人々のことを考えた。


久しぶりに東京のけたたましい灯りを見たいと思った。