シャイニーゲイになりたくて

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急遽人と酒を飲む予定が出来て街へでた。

「あんた、今日はゲイっぽくないわね」と久しぶりにあった年上の飲み仲間は開口一番に言った。最後に会った時は夏で、あの時僕はピッチピチのTシャツに短パン、そしてニューエラのキャップというどっからどうみてもいかにも典型的な若いゲイの装いでいたからか「あんた私より遥かにゲイらしいわ」と帰り道のC8出口付近で言われたのを覚えてる。ハッピーアワー開催中のCoCoLo cafeで「僕たちシャイニーゲイだからマルゲリータでも食べて酒飲みましょう」とバカげたノリで僕はピザを注文しビールで乾杯をし食事会をスタートさせた。

シャイニーゲイとは昨年のTRPという毎年GW頃代々木公園で行われるLGBTのプライドイベントあたりから突如SNSでゲイの間で使われるようになった言葉だ。Instagramで仲間との集合写真をあげたり、週末にホームパーティを開き仲間と楽しい時を過ごしたり、頻繁にジムに通って身体を鍛えたり美容や健康を大いに気にしたりするゲイを意味する、つまりはリア充って奴だ。今現在置かれている現状などを冷静に考えなくても僕はシャイニーゲイには程遠い、シャイニーゲイの重要項目の一つである身体を鍛えてるということには当てはまるけれど。シャイニーゲイには当て嵌らない僕たちは、そのおねえさまの言葉を借りるならば「拗らせ仲間」で偶に会っては近況報告や恋愛話などの会話を繰り広げる、勿論今回もだ。

「あんた、会わない間に大人になったしとても落ち着いたね、昔では考えられないくらい」と僕の近況報告を終えるとおねえさまは深く頷きながら僕に言った。出会った頃僕は確か18歳の浪人生で、おねえさまは22歳の大学生で、あれから4年の月日が流れた。「ありがとうございます。でもよく考えてみるとこの世で変わらないものなんてないんですよ、このお皿だってグラスだってこれらを形成する物質はおそらく何百年に一度の周期で回ってるんですから。だから人間も当然少しずつ変わりますよ」と目の前の食器を指差し僕は答えた。出会った頃の18歳の僕ならきっとそんなことは言わなかった、ずっと人間は変われないと思い生きてきたけれど人間はその気になれば生まれ直せると信じている今だからこそ噓偽りもなく本心からそう言えたのかもしれない。

食事が終わりお店を出た僕たちはルミエールであーでもないこーでもないとDVDのパッケージの品定めをすることを経て2軒目として僕がいつもお世話になっている大好きなお店に流れ着いた。そこで、意を決して複雑怪奇なここ最近自分が悩んでいる自分自身についての大きな悩みを打ち明けると「そうなのねぇ。面白いしそれでもいいんじゃない?」という言葉を受け取った。すると不思議なことに心がふっと軽くなり気がついたら最後までたわいもないお喋りでお酒を美味しく楽しく飲むという時間に繋がっていた。 シャイニーゲイの定義なんて曖昧できっと誰も真意は分からないだろう。友人と美味い酒を飲んで明日も頑張ろうと思えることもシャイニーなんじゃないかなぁとぼんやりと思いながら仲通りで大きく手を振った後帰路を急いだ。バルス